Menu

心の言葉

Home
静岡県浜松市の寺院 永代供養 | 法雲寺

心の言葉

法雲寺住職が皆さんに伝えたい事、日常に感じた事について書き記して参ります。
毎月の更新を予定しておりますので、是非更新をお楽しみにお待ちください。

法雲寺住職 心の言葉

心の言葉-8月③

平成28年8月27日
磐田市の見性寺様にて「第1回暁天講座」が、京都・清水寺、森清範貫主を講師としてお招きし、見性寺様・妙心寺派静岡西教区青壮年部主催のもと、朝6:30から8:00まで行われました。

暁天講座「暁天講座」

早朝にもかかわらず、約450名の参加がありました。
森貫主の、テンポのいいとてもわかりやすいお話に、参加者は引き込まれていました。
「仏とは命」「見える命は見えない命に支えられている」
そんな境涯で生きていく事ができれば、きっといい世の中になるのでしょう。
少なくとも今回参加された方々は、心に念じていきましょう。
もちろん私も・・・

法雲寺:心の言葉

お寺ことば

お彼岸とは?

お彼岸には「春彼岸」と「秋彼岸」があり、春と秋の年2回行われる、前後7日間に渡る修行の期間を指しています。 先祖を敬い、慈しみ、より充実した精神生活を送るために佛法を聞き、行い見つめなおし正す日でもあります。

賓主歴然とは?

茶道にて興味深い禅話として紹介されることのある「賓主歴然」(ひんじゅれきねん)という言葉。
こちらも元々は臨済宗妙心寺派の開祖である臨済義玄禅師の語録である「臨済録」の中で生まれたものです。
こちらで言う「賓」とは客人の事で、「主」とは主人・もてなす側だとされており、もてなす側ともてなされる側、その区別は歴然ではっきりとしています。
この様にお互いの関係がはっきりとしている以上、客人と主人の分別を守り接することも大事ですが、禅の修行に置いてはいついかなる時も立場が入れ替わる事も起こりうると考え、それを踏まえて自分の立場だけではなく、相手の立場に立ち接することで初めて理想的な賓主の関係が築くことが出来るという考え方です。

先頭へ